認知症の祖母の介護に疲れ果てた母が思わず「もう無理」・・今では笑顔で祖母の介護をしているその感動の理由とは?
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私が大学に入学して一人暮らしをしてからの4年間、母は一人で認知症の祖母の介護に明け暮れていました。

大学が楽しくて、実家に帰るどころか、母に連絡すらしなかった日々。

父が10年以上単身赴任しているという事もあり、母は一人で祖母と接する毎日が続きます。

 

卒業後に実家に帰ってから聞いたのですが、このときの苦労は相当のものだった様。

母は祖母に他人扱いされ、食事は食べず、物は壊し、謂れのないことで怒られる。

 

認知症であるから仕方がないと、何とか頑張ろうとしたものの、精神が追いつかず、本当に気が病んでしまっていたとの事でした。

 

その話を聞いた時、私はなんで大学で一人楽しんでいるのに、そんな母の支えになってあげられなかったんだろうと、強い後悔を覚えました。

そして同時に、それでも一人で支え続けた母は凄いな、と。

 

母は、今も尚、認知症の祖母に笑顔で介護をしています。

それができるのには、「一つの理由がある」と、ある時母が私に話してくれたのです。

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家はぐちゃぐちゃ、祖母は母のことがわからず、毎日母を他人扱い。

そんな毎日が続いていた母は、心の底から「もう逃げたい」と思っていたとの事。

 

ある時、ついに心の糸がぷつりと切れたのか、祖母の目の前で大声で泣きながら、「もう無理…」と祖母に投げかけたそうです。

それは、祖母に対して初めての拒絶の言葉でもありました。

 

すると、祖母はジーッと母を見つめ、急に何かを思いたった様に、その場から離れます。

母はその場に座り込んだまま、ずっと泣いてしまっていたのでした。

 

「トントン」

 

泣いている母の肩を、叩く感触。

顔を上げると、何かを手に持った祖母が、母の元に立っているのでした。

 

手には・・・

手紙。

 

何も言わずに差し出す手紙を、母は受け取り、中を見てみます。

すると、祖母の字で書かれた手紙と、一枚の写真が入っていました。

 

 

 

◯◯(母の名前)へ

 

私が呆けてきた時、◯◯は誰よりも私を心配してくれました。私は自分が呆ける事よりも、◯◯に迷惑をかける事が一番怖いです。◯◯は、いつもずっと弱音を吐かない子だから、無理をして苦しい思いを抱え込んでしまうのではないかと、とても心配してしまいます。

一つだけ、約束してください。私が◯◯を悲しませる様な事があったら、どうか私を死なせてください。それができなければ、どうが私を見放してください。□□(単身赴任の父)は仕事で飛び回り、△△(私です)は恐らく大学にもいくでしょう。私は◯◯とずっと一緒にいることになります。私はとても嬉しいけれども、それが◯◯を苦しませる事になるのであれば、喜んで私は◯◯の元から離れます。

◯◯には、幸せになってほしいのです。◯◯が幸せであることが、私の一番の幸せです。

これから私がどうなるか、私もわかりません。
もし病気が悪化し、私が◯◯を困らせる様になるのであれば、心から◯◯の元を離れる道を選びたいのです。

この手紙を見せる時が来るかはわかりません。
こない事を祈りながら、ここに私の意志を書き残します。

 

 

 

この手紙に添えられていたのは、家族4人の写真。

でも、どの写真よりも、母が満面の笑みをしている写真が選ばれていました。

 

この手紙を見て、母は

 

「一生この人を支えていこう」

 

と思ったとのこと。

それ以来、一切の弱音も出ず、今日まで介護を続けてきたと話してくれたのです。

 

この手紙を見た時、私は思わず声を出しながら泣いてしまいました。

母も同じ様に・・・いや、恐らくそれ以上、大粒の涙を流したのだと思います。

 

「こんなに私の事を想ってくれているおばあちゃんなんだから、私が支えないでどうするの」

 

私がいなかった4年間も、私がいても尚ずっと率先して介護をする母が、いつも私に話してくれる言葉。

もちろん、絶対大変なんです。

でも、母は私にも、そして祖母にも、一切嫌な顔一つしません。

 

そんな母の影響を受けながら、私も毎日祖母と笑顔で接する様にしています。

 

 

 

【引用元】

https://www.youtube.com/watch?v=SnGK1ILMj2g

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