東京に生まれたまさゆき少年は、おとなしい性格の可愛らしい子供でした。他の多くの男の子たちと同じように、はたらく車や、妖怪に夢中でした。そんなまさゆき少年が小学2年生になったときでした。クラスの他の男の子が何気なく描いていた落書きに、衝撃を受けます。うねうねした長い足に丸い頭。
この生物は何だろう?そのあと図書室で調べた結果、その落書きはタコだと分かりました。食べたことはあるのに、こんな姿だったとは予想だにしていませんでした。本物を見てみたい…まさゆき少年の胸の高鳴りは止まりません。
そんな息子の願いを聞いた母親は、ぶつ切りでない丸ごとのタコを買って来てあげます。その日からまさゆき少年はすっかりタコのとりこになってしまいます。図鑑や写真集などで朝から晩までタコの姿を探したり、夕食は毎日のようにタコをねだったり…そんな息子に、母は嫌な顔ひとつせず、1カ月近く味付けを変えてタコ料理を作ってあげました。
しかしそれだけではまさゆき少年の情熱は止められません。母親にお願いし、生きている本物のタコを水族館まで見に行きました。時には、閉館時までタコがタコつぼに隠れたまま姿を現さず、がっかりしたことも。しかしそんな時母親は、「残念だったわね。でも、魚はほかにもいるのよ」と励まし、魚が描かれた下敷きを買ってくれました。まさゆき少年はそこに描かれた様々な魚を見て、さらに夢を膨らませました。どんどん魚にのめり込んで行くのです。
しかし当然、困ったことが起きました。魚のことで頭がいっぱいだったまさゆき少年の成績は破滅的だったのです。ついには母親が先生に呼び出されてしまう始末。先生が言うには、「まさゆき君は魚の絵ばかり描いている。それもいいが、もっとちゃんと勉強をさせてほしい」とのことでした。しかしそんな時も母親は、息子のことをかばいます。
「あの子はそれでいいんです」
誰もが同じようになる必要はない。他と違う子がいてもいいのだと、母親は信じていました。息子に夢中なことを大切にしてほしかったのです。
そのあとも母親は息子が絵を描けるように、多少値段が張っても魚をまるまる1匹買って来てあげたりと、息子を応援し続けました。その甲斐あってか、女の子に話しかけることは苦手でしたが、まさゆき少年の魚の知識とイラストのスキルは素晴らしい向上を見せます。
そうして高校生になったまさゆき少年に、転機が訪れます。
「魚通天才高校生」としてテレビに出演することになったのです…その番組は「TVチャンピオン」。あの一世を風靡した、特定の分野のプロフェッショナルたちがその技を競う番組です。なんと高校生のまさゆき少年は、大人たちを相手に5回連続優勝を飾るのです。この専門家以上の魚の知識を持つ少年に、世間が注目し始めた瞬間でした。
それからは破竹の勢いで活躍を始め、まさゆき少年は今や東京海洋大名誉博士・客員准教授に着任しています。それだけでなく、イラストレーター、そしてなんとタレントとしてのキャリアまで築いていきます。もう誰のことかお分かりですね。そう、お茶の間でもすっかりおなじみの、さかなクンです。今では、大好きだった魚の研究と絵を描くことがそのまま仕事になっているのです!
さかなクンのこだわり性は、今でもしっかりと生きています。さかなクンの母親は、車の中でも息子が、自分の名刺一枚一枚にサインをしているところを見たそうです。息子の健康が心配で、疲れているのだから寝たらどうかと言ったところ、さかなクンは「受け取った人には一生残るから、一枚でも雑に描いたらだめ」と答えました。母親はそんな息子の姿を誇りに思ったことでしょう。
まさゆき少年は、とても変わった少年でした。しかしもし母親が、息子に他の子と同じことをするように強要していたら、さかなクンは生まれなかったでしょう。実は世界の成功者の中にはこの特定の物事にだけ強いこだわりを示す気質を持った人物が多く、マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツや映画監督のスティーブン・スピルバーグもその傾向を持っていると言われています。息子の性質を見抜き、温かく見守り続けたさかなクンの母親に、拍手を送りましょう。
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