私が子供の頃、家に帰ると必ず母が作った温かい夕飯が待っていた。
母は家族のために毎日台所に立っていた。
その中でも一番記憶に残っている夕食があって、今でもその時のことをよく憶えている。
その日は家族みんながとても疲れていた。
特に父はすごく疲れた様子で仕事から帰宅した。
夕飯はボリュームたっぷりのシチュー。
母は、トーストしたパンに塗る用のハーブを混ぜたバターを用意していた。
でも食卓に出てきたのは、パンじゃなくて真っ黒な石炭をスライスしたようなものだった。
トーストが真っ黒に焦げていたのだ。
私は何も言わなかった。
父は何と言うのかと、黙って待っていた。
でも父は何も言わなかった。
父は何事もなかったように黒こげのパンを手に取り、ハーブ入りのバターを塗って美味しそうに食べ始めたのだ。
黒こげのパンを頬張りながら、私との会話を続けた。
学校はどうだったか、宿題はもう済ませたのか。
私が何て答えたかはもう憶えていないけど、その後に起きた事を私は一生忘れる事ができないと思う。
母が、焦げたパンについて謝り始めた。
そしたら父は落ち着いた様子で、笑顔を見せてこう言った。
「何を言ってるんだよ、ハニー!僕の一番好きな焼き加減じゃないか!」
その晩、父が私の部屋に来てお休みのキスをしてくれた時、本当に焦げたパンが好きなのか聞いてみた。
すると父は私をギュッと抱きしめ、こう言った。
「いいか、ママは今日とっても疲れていたんだ。
たまには、パンが焦げてしまう日だってある。
それに、ちょっとパンが焦げたからって誰も傷つかないだろう?
間違った時に間違ったことを言ってしまうことの方が、よっぽど誰かを傷つけてしまうことがある!」
父はさらに強く私を抱きしめて、
「人生には計画通りに行かないことが沢山ある。
人間は完璧じゃないからね。
たとえばパパは、約束事を忘れてしまったり、結婚記念日を忘れてしまったりする。
でもね、時間が経つに連れて人は周りにいる人たちの間違えや失敗を受け入れられるようになっていくんだ。
その失敗を愛せるくらいにね!
これは、2人の人間が長く良い関係を保つための秘訣だよ。
人生は、後悔に時間を費やすには短すぎるってこと。
自分を大切にしてくれる人を、愛さなくてはならない。
そして、まだそれに気がついてない人に同情することも忘れてはならない。」
当時は幼く、父の語った全てを理解できなかった私。
あれから時を経て、あの時の父が何を伝えようとしていたか、今の私にはよく分かる。
【引用元】